世界で、水をめぐる戦いが始まる可能性がある。飲料用のきれいな水はどんどん少なくなり、水不足に悩む国や地域は増える一方だ。国際社会はこうした状況にますます大きな懸念を抱いているが、そんな中、国連は「水は人権」だとする宣言を採択した。
地球が水に恵まれた惑星であることは周知の事実だ。しかしその水のすべてが飲用に適しているわけではない。医学者らの報告によれば、汚れた水を摂取したことによって死亡する人の数は、毎日200万人に達している。アジアやアフリカの多くの国では飲料水はまさに黄金と同じ価値を持つ。一方で、水が余っているという国もある。そこで、きれいな水をめぐる戦いはますます激しさを増しているという。ロシアの水文地質学者イーゴリ・ダヴィデンコ氏にお話を伺った。
―2002年に科学アカデミー会員レオニード・アバルキンが自著の中で、「世界にはきれいな水を求めて、戦争が勃発しうる場所がおよそ2000ある」と明言している。当時、この予言に注意を払った者はいなかった。しかし、実際にきれいな水をめぐる戦争はかなり前から始まっており、今現在も行われている。それは水不足によるためだ。たとえばアフリカには世界の人口の12%が暮らしているが、水はわずか1%しかない。旧ソ連、中央アジアの国々でも、水を得るための静かな戦争が行われている。なぜなら山岳国家は水力発電所を建設し、水を貯蔵し、平野の国々に流れないようにするからだ。かつてこの問題はひとつの国の中で解決されていた。トルコとイランの間では、チフリス・ユーフラテス川をめぐって何度も紛争があったが、それはまさに本物の戦争だった。
国際社会はずいぶん前から水不足問題の解決策を模索している。すでにさまざまな案が出されており、中には、水素ガスと酸素ガスから水を合成するというものまである。また海水を脱塩し、淡水化するという設備の開発を積極的に進めている国も多い。一方、ロシアはより経済的でより簡易な問題解決法を提案している。
今年、モスクワで開かれる国際フォーラム「きれいな水2010」でもさまざまな提案がなされることだろう。水に対する人権は宣言された。世界各国が水を保障していく必要がある。そして人間は、重要な資源のひとつである水をうまく活用することを学ばねばならない。
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