領土問題をめぐる議論は80年代中ごろ、ソ連での政治状況の変化が始まってから再開された。しかし、ペレストロイカとグラスノスチの「父」であるミハイル・ゴルバチョフも、ソ連と社会主義を葬ったボリス・イェリツィンも、領土問題における大幅な妥協への準備はなかった。というのも、南クリルを放棄することは、いかなるロシアの政治家にとっても、政治的な死を意味するからだ。
妥協について再び語り始めたのは、ウラジーミル・プーチンだけだった。2005年、プーチンは1956年のソ日共同宣言にしたがって、日本にハボマイ諸島およびシコタン島を引き渡すことで、問題を解決する準備があることを表明した。しかし日本側はそのような譲歩を拒否した。日本側からは、ロシアが四島を「不法に占拠しており」、即座に四島一括返還すべきだという声が高まった。
クリル諸島はロシアの主権下にあり、それは国際条約によっても認められている。これは第二次世界大戦の結果であり、この点に関して、我々は議論する用意はまったくない。 ウラジーミル・プーチン、ロシア連邦大統領 |
日本の外交官らは、ロシアからの妥協の提案に合意しない自らの立場を説明するのに、よく日本の世論を挙げる。「日本は民主主義の国であり、国民の意見を無視できない。」というわけだ。ただ気になるのは、日本の政治家や外交官らのうち何人かは、国民の意見を尊重しなくてはならないのはあたかも日本政府のみで、ロシア政府は国民の意見を聞かなくてもよいかのような確信をもっているらしいことだ。これは、ロシアが日本のような民主主義の国ではない、というようなイメージから来ているようだ。
また日本の外交官らは、ロシアと中国との間の領土問題を引き合いに出すことがよくある。ロシアは2001年、国境地域の地元住民の反対を押し切って、中国との間で領土問題の解決に関する条約を締結した。その経緯を引き合いに出すことで日本の外交官らは、ロシア政府が地元住民の抗議を気にすることなく、日本との領土問題解決のための条約を締結することができると主張している。
残念ながら、このような見解は、いくつかの重要な状況を見落としている。
中国との国境画定が行われたアムール地域の住民による抗議運動は、大規模なものではなかった。全体として、ロシア国民一般は、中国との領土問題解決を肯定的に受け止めた。つまり2001年までにロシア国民の意識のなかでは、中国が信頼できる地政学的パートナーであるという考えが浸透していたといえる。ロシア人の中国観は、マスコミによって作られたものではない。というのも、ロシアはマスコミは頻繁に「中国の脅威」について書きたてているからだ。前向きな感情は、数百万人のロシア人が観光やビジネスを通じて、自らの目で中国を見た結果、醸成されたものだ。また中国が、ロシアの主要な貿易パートナーのひとつであることも忘れてはいけない。多くの国際問題においても、中国とロシアの立場は似通っている。このような状況をロシア人は認識しているのだ。
日本の場合、状況は違っている。
| 日本が「北方領土」と呼んでいる南クリル諸島は、第二次世界大戦の結果、わが国の領土となり、それは合法的なものだ。それは国連憲章でも確認されており、わが国の主権は疑問の余地がない。 セルゲイ・ラヴロフ、ロシア連邦外務大臣 |
もちろん、ロシアには日本文化や日本人に感銘を受け、日本を心から愛する人々はたくさんいる。またさらに多くのロシア人が、日本の現代科学や技術の恩恵を受けている。しかし、実際に日本に行ったことのあるあるロシア人は、中国に比べて数分の一だ。また日本はロシアにとっての戦略パートナーだとは認識されていない。
日本が四島一括返還を要求していることは、日本の人気上昇に役立ってはいない。ロシア人は、日本政府が主張するように、四島が日本固有の領土であり、ロシアによって不法占拠されている、というような意見を共有する義務もなければ、そのような気持ちもない。それよりも、ロシアと日本との現在の国境は第二次世界大戦の結果であり、国際社会からも認められている、と2005年に生放送で明確に語ったウラジーミル・プーチンを、ロシア人は信じるだろう。
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